烏龍茶・茶師 山道帰一 第四話

 

山道帰一-1975年生まれ。東京・広尾にある台湾烏龍茶専門店「清品茶房 茶通」店主。マメヒコの中国茶は、すべて山道氏がセレクトしている。
台湾・韓国・中国などアジア各地をはじめ、世界各国で宗教や哲学、風水を学び風水師としての著書も多数。台湾で出会ったお茶に惹かれ、台湾政府の認定の茶師の資格を持つ。茶葉の買い付けは全て自ら台湾各地の茶園に出向き調達している。

山道は五術に造詣の深い家元の家庭に生まれ、幼少の頃より五術を学んだ。子供の頃は、真冬でも朝の四時半には父に公園に連れて行かれ、肉体的に厳しい気功をこなさなくてはいけないような毎日だったという。

 

彼は中国政府が認定する気功師の試験に最年少で合格した。インターンとして山道少年は中国の病院で働いた。そこで見た医療現場は、惨憺たる状況だった。

山道「医者は昼寝におやつ付で、医療費の支払いができる患者以外は治療をしようとしなかったんです。貧しい患者は医療行為にあずかれず、気功をして、自分たちを治そう、生きようと必死になっていました。その圧倒的な生の輝きに惹き付けられ、ボクも『何とかしたい』と、貧しくて医療にも見捨てられた患者たちに治療を施すようになりました。ただ、正しいことを行ってるつもりでしたが、生意気だとボクは少しずつ、周りから隔絶されました。けれど、心の中には、ここの医師たちの横暴な態度に怒りの炎が燃えていったんですね。ここの医師たちは、貧しくてお金の無い患者たちは虫同様に死ねと言わんばかりの態度で、ほんとうに何もしないんです。
試験が終わった頃、ボクの怒りは頂点に達し、ある事件をきっかけに爆発し、医師たちに殴りかかってしまいました。
試験は合格してましたが、『こんな人殺しの資格がもらえるか!』と怒鳴りちらし、その病院を飛び出して、北京を経由して日本に戻りました」

 

日本に戻った山道は、さらに哲学や宗教、風水を学ぶなかで、お茶を知り、お茶に救われ、今がある。あのまま中国に残っていたらどうなっていたか。

 

山道「間違いなく殺されてます」

 

中国は気功を学ぶひとたちを”政府に対する考えをしている”と迫害し、3000人以上が拷問・虐待などにより殺されたとされている。かつて愛した友はいまどうしているのか。
かつて愛したあの子は元気にしているだろうか。大きな力の前でヒトは極めてちっぽけである。そういうことを考えるとき、山道は群青色の孤独と、灰色の乾燥した気持ちに息が止まりそうになる。

 

伝えなければいけないことがいっぱいあるのに、 全然伝え切れていない。

海抜500mにあたる北茨城の山間に生育する完全無農薬の在来種茶とやぶきた種の茶葉で作った、初めてのマメヒコ紅茶。山道とマメヒコのスタッフが摘み取りから萎凋から発酵、乾燥にいたるまで、すべて自らの手で作ったマメヒコ紅茶は完成した。早速広尾の茶通に戻り、今できたばかりの紅茶を飲んでみる。

 

しばらく口の中で転がす。ちらと天井を見る。

山道「やぶきた独特の香りがしますが、いや。これはこれで、とてもいいお茶だと思います。蜂蜜香もあるし、飲んだことのないほどの甘さです。やりましたねー。いやー、やってみるもんですね」

 

輪郭はどことなくダージリンを彷彿させる。風合いは東方美人にも似ている。けれど、どれとも似つかないお茶であることに間違いない。山道のイメージが、このお茶を生み出したのだ。

 

6月。山道は台湾にいた。一年に一度この時期にしか作られない、台湾茶「東方美人」の買い付けに来たのだ。東方美人は、台湾で生産される烏龍茶の一つ。発酵度が高く、紅茶に近い味わいを持っている。ウンカと呼ばれる虫が、夏の間に大量発生し、茶葉をかじる。そのおかげで、茶葉の発酵が進むという珍しい作り方のお茶である。蜂蜜と熟れた果実の2つの香りが特徴だが、バランスよく両者の味わいを持つものは、全体の収穫量の10パーセントにも満たない。

山道の買い付けは大概二人だ。もうひとりは台北で長年タクシー運転手をするポンさんだ。山道はどんなに遠くとも台湾ならこのポンさんのタクシーに乗って買い付けに行く。
山奥で黄色のタクシーで買い付ける光景はちょっと珍しい。二人の出会いはたまたま空港で乗り合わせた客と運転手だ。山道は泊まりがけの買い付けではポンさんのホテルも用意するし、食事も用意する。長旅のときはポンさんにマッサージさえも用意する。ポンさんも山道の要求には応えるべく、断崖絶壁の道だろうと、標高1000mの阿里山の山奥だろうと、真夜中だろうと早朝だろうと、どこまでも笑顔でタクシーは突き進んでゆく。

 

山道「ポンさんを茶農家にしようと企んでるんですけど、本人はまんざらでもないんですが、なかなか奥さんがうんと言わないみたいで、ククク」

(2009/07/09 カフエ  マメヒコ「ヒトコト」より転載)